きのみきのまま

女子大生の読書備忘録

『群衆心理』ギュスターヴ・ル・ボン

数日前、改元でかつてない盛り上がりをみせた日本列島だが、最近は流行ったものが廃るスピードがとても速く感じてしまう。一連の現象を客観的に分析している本を探したときに見つけたのが本著だった。

群衆心理 (講談社学術文庫)

群衆心理 (講談社学術文庫)

ギュスターヴ・ル・ボン(1841~1931)

フランスの社会心理学者。医学を修めた後、心理学や人類学、物理学などに関心が及んだ。

1. 群衆の時代

『群衆心理』の時代背景・・・フランス革命の発端であるバスティーユ
監獄への襲撃から1世紀経った1895年に出版された。

フランス革命前:諸国家の伝統的政策や帝王間の抗争が、事件の主要な原因となっていた。

フランス革命後:群衆の声が優勢に⇒「群衆の時代」

2.群衆とは

・群衆とは、「任意の個人の集合を指していて、その国籍や職業や性別の如何を問わないし、また個人の集合する機会の如何を問わない」。(p.25)

・「心理的群衆の特性を具えるには、ある刺戟の影響が必要である」。(p.26)

組織されつつある群衆⇒意識的個性の消滅、感情や観念の同一方向への転換

3.群衆の主要な特性

群衆には、以下のような特徴があると指摘している。

①群衆は、衝動的で、動揺しやすく、昂奮しやすい。
群衆は、もっぱら無意識に支配される。群衆は、自己の反射作用を制御する能力を欠いている。群衆の従う種々な衝動は、刺戟次第で寛大にも残酷にも、勇壮にも臆病にもなる。

②群衆は、暗示を受けやすく、物事を軽々しく信じやすい。
数人の個人が集れば、群衆を構成し、正確に物を見る働きが失われ、かつ現実の事象が、それと関係のない錯覚にとってかわられる。

③群衆は、感情が誇張的で、単純である。
このことにより、群衆に疑念や不確実の念を抱かせず、ただちに極端から極端へ走る。疑いも口に出されると、それが、たちまち異論の余地ない明白な事実に化してしまう。

④群衆は、偏狭であるに劣らず横暴であり、保守的本能を具えている。
暗示によって生み出された信仰は、絶対的な真理と見なされるか、これまた絶対的な誤謬と見なされるかである。

⑤群衆は徳性を持ち得ないが、非常に高度の徳性を発揮し得る。
群衆は、群衆を構成する個人の特性よりも、暗示に応じて、はるかに低下することも、はるかに向上することもある。

4.マキャベリ『君主論』

マキャベリも同じようなことを指摘している。

「・・・時代や状況の変化に適応できるほどに思慮深い人物は見当たらないものである。人は(持って生まれた)性質が向かわせる所から逃げることはできないからである。また、一つの道を歩んで隆盛を誇るとその道から離れる気にはなれないからである。」

5.日本における群衆心理

本著でいうような群衆心理が働いていると思うものを考えてみた。

  • 渋谷駅前のスクランブル交差点
  • ハロウィーンで仮装した大勢の若者で混雑したり、年越しのカウントダウンの瞬間に詰めかけ、ハイタッチしたり抱き合ったりして、若者たちでごった返し、一種の「イベント会場」になっている。

  • 録画視聴が増える中、突如として高い視聴率を記録するドラマ
  • 娯楽の選択肢が増えて、何を選択すればいいかわからない麻痺が起きていて、話題作がでると「見るか見ないか」の二者択一を迫られ、みんなが見るものを自分がみたいという同調や、番組の良し悪しに関わらず流れにのってしまう。

[感想]

ハンナ・アーレントはユダヤ人虐殺を手掛けたアイヒマンの姿に「悪の凡庸さ」を見いだした。残虐な行為は、悪魔のような人間が引き起こすのではなく、凡庸な人間が「状況の力」によって悪魔のような行為に手を染めるとしている。私たちをかたちづくるのは、豊かさと貧しさ、地理と気候、時代、文化的、政治的、宗教的優位性などといった、人生を支配するシステムと、日々の状況の両方である。そこに、生物学的要素や人格と相互に作用しあう。ふつうの善良な個人がいかにして、ときに他人にひどいことをしたり、倫理観や人権意識に反する悪行にまで走るのかを理解することで、「状況の力」にあらがうことができるのではないかと思った。